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米国における巨額の移転価格訴訟の進行状況

日本においては、最近の移転価格課税は大企業向けの巨額な案件から中小企業向けの小口案件にシフトしています。国税庁統計によると、1件当たり平均更正所得額は、2004年度26億円、2005年度24億円から、2010年度4.8億円、2011年度4.6億円と、近年明らかに小口化しています。
  一方、米国では日本のような移転価格課税に関する詳細な統計データはありませんが、報道を見る限り大企業、特に利益率の高い優良企業への巨額の課税案件が最近更に増えている印象があります。日本も米国も税務当局は移転価格をはじめとする国際課税部門の執行体制を近年益々強化していますが、日本の執行強化が主に課税件数増加に向けられているのに対し、IRSは大型案件への巨額の更正課税に注力している事が窺えます。それら最近行われた米国の巨額な移転価格課税の多くは納税者が提訴することにより公になっておりますが、それら訴訟の多くは遅々として進んでいません。中には、IRSと納税者企業が本訴以外の副次的な要因(情報開示の問題、挙証責任の所在等)でバトルを展開しているケースもあります。以下、主な案件の近況をまとめた税務専門誌の記事から、概要を紹介します。

1.Amazon.com

 シアトルに本拠を置くインターネット販売サイト運営のAmazon.comは、欧州統括拠点であるルクセンブルクの子会社と締結したコストシェアリング契約に関して、同子会社から受け取ったBuy-in支払金額が過少であったとして、昨年11月に約20億US$(約2,000億円)の所得更正をIRSより命じられ、同課税処分の取り消しを求め米国租税裁判所に提訴しました(TOPIC 13-04参照)。
 現在の米国の訴訟手続きにおいては情報開示制度が進んでおり、訴訟当事者は相手方の開示請求に応じて情報を提示しなければならないとされています。但し相手方の開示要求が不当である、または開示により当方が過大な負担を強いられる等の理由により、保護命令(“Protective Order”)を出してもらうよう裁判所に申し立てることができます。Amazonは8月28日、知的財産権やノウハウなどの秘密情報が不当に公に開示されないように保護命令を申請しました。Amazonによれば、これはIRSに対してではなくメディアに対して情報が洩れない事を意図したものだそうです。しかしながらIRSは直ちに同命令申請の却下を要請、Amazonの保護命令申請対象は広範囲に及んでおり、企業機密情報侵害防止の範囲を超え裁判の進行を妨害する不当な命令であると非難しています。

2.Boston Scientific及びMedtronic

 米国医療機器メーカー大手であるBoston Scientific社(課税対象年度においてはGuidant)及びMedtronic社は、奇しくも共に2010年12月にIRSから移転価格更正課税を受けました。更正所得額はBoston Scientific社が23億US$(約2,300億円)以上、Medtronic社が約14億US$(約1,400億円、但し移転価格以外も含めると計27億US$)と巨額であり、共に低税率のプエルトリコに所在する関連会社との取引が絡んでいます(TOPIC 11-11参照)。
 両社ともにIRSの課税を不服として提訴した中、今年8月14日にMedtronic社が、続いて9月3日にBoston Scientific社が、各々保護命令の発動を申し立てました。それらに対するIRSの対応等については、未だ明らかではありません。

3.Eaton

 米国産業部品メーカーであるEaton社は、$386百万(約386億円)の移転価格所得更正、及び過去2回のAPA取消しの無効を2012年2月に租税裁判所に提訴しました(TOPIC 12-20参照)。その後、今年6月にIRSの交差請求を裁判所が認め、Eaton社はAPA取消しがIRSによる権利の濫用であることを示す挙証責任を負うことになりました(TOPIC 13-13参照)。その後今年8月、今度はEaton社が主張していた、課税処分につながる経済分析を行ったIRS側のエコノミストを同社が証言録取する事を租税裁判所が認めました。更にその後、今度はIRSが租税裁判所に、APA取消しと課税処分の裁判を切り離して行うよう要請しました。IRSによると同要請の理由は、APA取消しと課税処分を切り離して審議した方が当事者間で一部和解につながる可能性が高まるからとの事です。

4.Tyco International

 電子部品等の複合企業グループから、企業再編を経て現在はスイスに登記上の本社を置くセキュリティ関連製品メーカーのTyco International社は、米国外の関連会社に過去に支払った利子の損金算入を否認され、30億US$(約3,000億円)近くの移転価格更正課税をIRSより受け、今年7月22日、計14の訴状をもって租税裁判所に提訴しました。IRSは同訴状に対する答弁書提出期限の10月30日への延長を申請し、裁判所に受理されました。

(参照:Bloomberg BNA Transfer Pricing Report)

米国公認会計士 三村琢磨(2013年10月)

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