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IRSとEaton社の係争(2)

 IRSが油圧機器等の部品メーカーであるEaton CorporationとのAPAを取消し、且つ同社に対し移転価格課税を行った件で、米国租税裁判所は6月26日、IRSの交差請求に対し、IRS側の主張を認める判決を言い渡しました。
 本係争の背景については2012年10月の記事(TOPIC 12-20参照)に詳述しましたが、概要は以下の通りです。

1.背景の概要

 IRSは、Eaton社との間で2001~2005年度(第1回)、及び2006~2010年度(第2回)の計2回10年間にわたり、主に同社のプエルトリコにおけるブレーカー製造子会社との関連者間取引価格に関してUnilateralの事前価格合意(Advance Pricing Agreement、以下“APA”)を締結していました。ところがIRSは2011年末にかけてこれら過去2回のAPAを一方的に取消し、且つ2005-2006年度について同社に対する移転価格更正課税を行い、追徴税額及びペナルティ合計で$127百万(1$=99円換算で約125億円)の支払を命じました。
 Eaton社は同課税処分を不服として2012年2月に租税裁判所に提訴し、またIRSとの間で締結した2つのAPAは現在でも有効であり、APAはそれを取消すことが出来る正当な理由を示す挙証責任を負うべきであるとの部分略式請求を租税裁判所に行いました。それに対しIRSは2012年8月、Eaton社はIRSによるAPA取消しが不当であることを示す挙証責任を負うべきであるとの交差請求を租税裁判所に提出しました。

2.本判決の内容

 原訴訟提起後に行った部分略式請求においてEaton社は、「APAは判例法上の契約原則に基づいた法的強制力のある契約であり、一方的に取消は出来ない。従って、契約を取消したことが正当である理由を示す挙証責任はIRS側にある」と主張しました。
 それに対してIRSは交差請求において、「APAにおける法的効力及び運用は税法関連の行政規則であるRevenue Procedures(歳入規則)に基づいており、APAの取消しも行政上の判断である。APAの取消しに係るIRS側の裁量についてはそれら歳入規則にも記されていることから、納税者側(Eaton社)がそれら歳入規則におけるIRSの裁量を逸脱する権利の濫用があった事を証明しない限り、取消しは有効である。」と主張しました。更にIRSは、「元来追徴課税処分の妥当性について判断を下す権限を有する租税裁判所は、APA取消しという行政処分に関する裁量が権利の濫用であるか否かについての判断については、追徴課税処分の妥当性の是非について解決するのに必要な範囲でのみ行うべきである。」と主張しました。
 これに対し租税裁判所は請求者であるIRSの主張を認める判断を下しました。つまり、まず(1)APAの取消しは追徴課税を行うために必要な行政処分であるから、租税裁判所はAPA取消しについて検討する権限を有する、とした上で、(2)APA取消しを行うに当たり権利の濫用があったかどうかを検討すべきであり、Eaton社はIRSの取消しが恣意的である、一貫性に欠ける、または事実に基づいた健全な行為ではない事を示さなければならないとし、納税者側にAPA取消しの挙証責任があると判断しました。但し租税裁判所は、本判決は限定された記録に基づき、挙証責任の所在に関する法的基準を示したのみであり、IRSがAPAを取消すに当たって権利の濫用があったか否か自体についての判断は行っていないと記しています。

3.今後の展望

 本判決は、IRSの交差請求に対するもので、Eaton社の起こした課税処分を不服とする原訴訟に関する審理は今後も続けられます。但し、IRSにAPA取消しの裁量があり、納税者側はその取消しが権利の濫用であることを示す挙証責任を負う旨の判決が出たことから、Eaton社側はIRSのAPA取消しの違法性について自ら証拠資料を提示して争う必要が生じました。これはEaton社にとっては明らかに不利と言わざるをえません。
 しかし、IRSにAPAを取消す権利があるとはいっても、既に期間満了したAPAを過去に遡及して取消した例は、少なくとも公表ベースでは今までにはないようです。しかも本件の場合、IRSの税務調査チームに過去Eaton社を解雇された元同社の移転価格部門長と、同社の採用試験に落ちたエンジニアが加わっていた事から、IRS側に利害相反行為の疑いがあるなど、事情はかなり込み入っています。仮に租税裁判所でEaton社が敗訴しても、上級裁判所に控訴すれば最終的な結果は予断を許さないのではないかと推察されます。

米国公認会計士 三村琢磨(2013年7月)

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