Blog

IRSとEaton社の係争

オハイオ州クリーブランドに本社を置き、電気制御、油圧機器などの産業部品メーカーであるEaton Corporation。同社は昨年12月、IRSにより既に締結済のAPA(事前確認)を取消され、その後ほどなく2005-2006年度に関する$386百万(約300億円)の移転価格所得更正及び$127百万(約100億円)の追徴(税額及びペナルティ)支払を命ぜられました。Eaton社はそれを不服として今年(2012年)2月に租税裁判所に提訴し、また6月には、IRSとの間で締結した2つのAPAは現在でも有効であり、APAはそれを取消すことが出来る正当な理由を示す挙証責任を負うべきであるとの部分略式請求を租税裁判所に行いました。それに対しIRSは今年8月、Eaton社はIRSがそれらAPAを取消しできない正当な理由を示す挙証責任を負うべきであるとの交差請求を租税裁判所に提出しており、両者の移転価格係争は泥縄試合の様相を呈しています。本件の経緯及び全容は非常に複雑ですが、本記事では、以下の通り事実を極力完結にまとめてみました:

・対象取引と最初のAPA
本件対象取引は、Eaton社の子会社が主にプエルトリコで製造したブレーカー(遮断器)の米国関連会社への販売取引と、それに関連する無形資産取引(米国からプエルトリコへの製造技術ライセンス付与及びプエルトリコから米国へのコストシェアリング支払)です。元々このプエルトリコ事業はEaton社が元総合・重電メーカーのWestinghouse社より1994年に電力・管理事業部門を買収した際に取得したものですが、IRSはこのプエルトリコ-米国取引に関して1994-1997年度を対象とした税務調査を行いました。同調査の和解の条件としてIRSはEaton社にAPA申請を要請し、2001-2005年度を対象とするAPAが締結されました。APAの内容としては、算定方法はCUP法(独立価格比準法)とCPM(比較利益法)の組み合わせで、それら比較対象の算定範囲に収まっていれば所得更正の必要はないというものでした。

・更新APA、及び取消
最初のAPAの期限到来につき、2006-2010年度を対象とするほぼ同じ内容の更新APAが締結されました。但しIRSは更新直後よりEaton社の2005-2006年度の税務調査を開始し(本来はAPAの締結中に移転価格調査は行われないにもかかわらず)、また2009年に第2次更新APA(2011-2015年度を対象)のため結成された第3次APAチームは、前回までのAPAの内容を分析の起点としないこと、またプエルトリコ事業を受託製造業者と認定し、同事業の対費用マージンは5%しか認めないこと等をEaton社に対し通告しました。Eaton社はそれに基づき、第2次更新APAの申請を取り止めました。するとIRSはEaton社に対し、今までの2回のAPAを取消し、2005年及び2006年度に関して前述の移転価格更正を行ったのです。

・ IRSが主張するAPA取消しの理由
1. Eaton社はAPA申請に重要な事実を含める事を怠った(これは、Eaton社の米国販売勘定が製造勘定のミラー勘定<Mirror Ledger>となっている事をIRSが理解していなかった事を指すと思われる)。
2. Eaton社は2005、2006年度の税務申告に際し、当該年度のAPA年次報告書で示された結果を織り込む事を怠った。
3. Eaton社は、2005-2006年度のAPA報告書において、スケジュールMによる財務/税務所得調整についての正確な記述を怠った。

・ Eaton社が主張する問題点
1. 上記ミラー勘定の問題については、2000年に当社(Eaton社)はIRS宛てに15ページのメモを送り、このミラー勘定は当社の米国租税負担に影響を与えないことを説明済みであり、IRSは理解している筈である。
2. IRS移転価格税務調査チームのリーダーは、元当社の移転価格部門長で、当社が人員削減策により解雇した者であった。更にもう一人、過去当社に求職したものの不採用となっていた電気エンジニアが、外部コンサルタントとしてIRSに採用され同チームに加わっていた。当社は利害相反に当たるとしてこの2名を税務調査チームから除名するようIRSに要請していたものの、拒否された。ちなみにこの電気エンジニアは税務調査の席で当社の税務担当副社長を指さし、「Eatonは俺を採用すべきだった」と嘲った。

(私見)
昨年5月以降、IRSによる移転価格執行の改革が始まっており、Eaton社に対する非常に厳しい方針転換もその一環と考えられます。しかし締結済で既に期間も終了した契約(APA)を追徴課税のために遡及して取り消すといった行為は、いくら政府といえども、余程納税者に重大で悪質な租税回避行為が無い限りは、許されるべきでないと思います。しかも今回のケースは、2回のAPAを締結する過程でIRSが十分に審査していた筈(だからこそAPAを合意した筈)ですから、余程悪質な隠蔽行為があったのでなければ、租税回避行為が過去にあったとしても、それらを発見できなかったIRSの責任ではないでしょうか。それでなくても米国のAPAは、審査期間の長期化等により昨年度は申請件数が大幅に減少した中、今回のような取り消しがまかり通るようでは、米国APAに対する信頼性が著しく失われると懸念します。

米国公認会計士 三村琢磨(2012年10月)

Copyright @ 2016 Yamaguchi Lion LLP | All Rights Reserved