Blog

《国際税務》 デジタル課税に係る米国の提案

米国公認会計士 三村琢磨

先月号で紹介の通り、英国が10月29日、大手IT企業の租税回避防止を目的としたデジタルサービス税(Digital Services Tax、以下“DST”)を2020年4月より導入することを決定しました。
その後、本丸のEUにおいて一部の国の反対によりDST指令案が中々実現しないことにしびれを切らしたフランスとドイツが12月4日、オンライン広告収入のみに対し売上高の3%を徴収するというEU案の縮小版DSTを2021年より徴収すると発表しました(但しそれまでにDST徴収方法についてOECDでグローバルな合意が出来れば撤回するとの条件付)。
更にフランスは12月17日、独自のDSTを来年2019年1月1日より導入すると発表、広告収入の他、個人情報販売収入も課税対象とされました。発表から2週間後に課税が適用されるとはきわめてアグレッシブであり、これは最近先鋭化している米国とフランスの対立が背景にあるかもしれません。しかし、欧州主要国においてGAFA(Google、Apple、Facebook、 Amazon)を始めとする米国IT企業の露骨な租税回避策に対する怒りが高まっていることは確かです。
米国の代替案と、潜在的な問題
そのような中、それらIT企業のお膝元であり、これまでDSTに反対してきた米国が、OECDのデジタル業界への課税を検討するタスクフォースにおいて、DSTに替わる課税案を提案したようです。その内容は、各国は自国におけるマーケティング無形資産により生じた利益に課税できること、及び対象はオンラインIT企業のみならず全ての業種の多国籍企業が対象であることを含むそうです。来年1月以降にOECDより具体的な発表があるようで、現時点で詳細は不明です。しかし、この米国案には、以下のような潜在的問題があると考えます。
まずは、マーケティング無形資産の定義が不明です。例えば英国で実施予定のDSTは、自国のユーザーに向けて行われたサービスを課税対象とする点で明確ですが、無形資産の定義付け及び評価は難しく、BEPSプロジェクトを経たOECDの改正移転価格ガイドラインでも明確になったとは言い難い状態です。そのような無形資産を課税ベースとすることでかえって焦点がぼやけ、IT企業への確実な課税を難しくするおそれがあると考えます。
次に、移転価格税制では、価値ある無形資産が多国籍企業の主たる収益の源泉とされていますが、価値ある無形資産の中心を占めるのは通常は製造・技術開発関連の無形資産であり、多国籍企業の利益の多く、特に残余利益は研究開発機能より生じる技術関連無形資産に帰属すると考えられています。ところが、マーケティング無形資産から生じる利益に課税する米国案は、多国籍企業の利益の内、開発・製造活動から生じる利益として先に一定部分を割当て、残りをマーケティング無形資産から生じる利益として各国で課税するという案ではないかと言われています。そうなると、残余利益がマーケティング無形資産のみに帰属するということになり、既存の移転価格税制との矛盾が生じることになります。そのような矛盾の解決は容易ではないと思われます。
更に、米国は自国企業が殆どを占めるオンラインIT企業を特定した課税には反対しており、今回のマーケティング無形資産から生じる利益への課税案は業種を特定しないことにより、公正な課税となると米国財務省の関係者は述べているようです。しかし元々の問題は、巨大IT企業がオンラインビジネスであるのをよい事に、アイルランド、ルクセンブルクなどの軽課税国の関連会社が欧州、日本等の主要国で直接販売を行うという形式をとり、これらの国では(軽課税国関連会社の)事務所がないために、「PEなければ課税なし」の原則に形式的に抵触しない事により、それら主要国での課税を逃れていることです。オンライン以外の伝統的な事業では、通常販売を行う国には販売拠点があり、販売拠点は利益をあげてその国で課税されています。勿論移転価格の問題は各企業個別の問題として残りますが、租税回避の問題が全体として指摘されていることはありません。そのように問題がある業界とない業界を混同して課税しようとする試みには疑問を感じますし、むしろこれにより、米国で大きな売上をあげているオンラインIT以外の企業が米国で巨額の課税を受ける可能性を懸念します。
 例えば、トヨタ自動車の2018年3月期の有価証券報告書をみると、同決算期の自動車販売台数は北米が最も多く281万台と、日本での226万台を上回っています。但し地域別営業利益では日本が1兆6,599億円と、北米の1,389億円の10倍以上を計上しています。これは、北米自動車販売の競争が激しく利益率が低いといった要因も考えられるものの、トヨタの自動車開発・製造に係る技術的に重要な無形資産は日本で形成され、日本に所在することから、それなりに相応な利益配分が日本に対してなされるのではないかと思われます。しかし、今回の米国案のようにマーケティング無形資産に応じて課税するとなると、最大の販売市場である米国において、トヨタは税逃れをしているなどという理屈が通ってしまい、日米間の利益配分が大幅に修正され、米国で巨額の課税を被るかもしれません。詳細が出る前に推測しすぎるのも危険ですので、来年以降出てくると思われる米国案の詳細に注目したいと思います。

コメントを残す

Your email address will not be published. Required fields are marked *

Copyright @ 2016 Yamaguchi Lion LLP | All Rights Reserved