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ストックオプション費用分担問題で揺れる控訴審(Altera事案)

米国公認会計士 三村琢磨

1.背景(2003年税制改正とXilinx判決)
IT、製薬等多くの高収益な米国企業が国外子会社と締結している費用分担契約(Cost Sharing Agreement、以下“CSA”)において、ストックオプション報酬(Stock Based Compensation、以下“SBC”)にかかる費用(=従業員の権利行使時に発生する市場株価と権利行使価格の差)をそれら国外子会社に分担させる必要があるか否かは重要な問題です。SBC費用を税率の高い米国本社のみで損金算入できず、アイルランド、バミューダ等の低・無税率国の拠点にも分担させなければならないとなると、全世界ベースの税務コストが上昇し企業価値の減少を招きます。
IRSは半導体開発企業Xilinx Inc.に対しSBC費用をCSAで分担すべきとの更正課税を行った後、2003年にSBC費用を国外関連者に分担させる事を明確化したCSA規則改正を行いました。しかし2005年8月に租税裁判所は、SBC費用は第三者間では分担されていないことから独立企業間原則に反するというXilinxの主張を支持した判決を下しました。控訴裁判所では、2009年5月に一度IRSが逆転勝訴したものの、その後の産業界からの猛烈な反発を受けてか、2010年3月に租税裁判所を支持する再判決を言い渡し、結局IRSは敗訴しました。但しXilinxのケースはCSA規則改正前の年度が対象であり、2003年以降については規則が改正された為、CSAにおいてSBC費用は国外関連会社に分担させるべきものと理解されていました。
2.Altera事案における租税裁判所判決:
しかし、Xilinxと同業の米半導体開発企業Altera Corp.(現在ではIntel Corp.の子会社)は、ケイマン諸島の子会社との間でCSAを行っていたにもかかわらず、同子会社にSBC費用を分担させていませんでした。当然ながらIRSは税務調査でこれを指摘し、2004~2007年度にUS$約80百万の所得更正をAlteraに対して行いました。Alteraは、2003年の改正CSA規則自体が、第三者間での取引実態を無視したものであり独立企業間原則に反する為無効であるとの訴訟を2012年に提起しました。
2015年7月27日付で、米国租税裁判所はAlteraの主張を全面的に認め、2003年改正CSA規則を無効とする判断を、本件に関与した判事15人の全員一致で言い渡しました。理由としては基本的にはXilinx判決を引き継いでおり、IRSは「第三者間ではこのように行われるであろう」という理論のみに基づいた規則改正を行っており、そのような改正は、第三者間における実態を十分に反映して法制定しなければならないとする米国行政手続法に反するとしています。その他、SBC費用はCSAの費用分担対象とすべき高付加価値な無形資産を形成する費用として関連付ける事は難しいとも指摘しました。
3.控訴審判決及びその後
IRSの控訴を受けた連邦控訴裁判所は2018年7月24日、3人の裁判官の多数決(1人は反対)により租税裁判所の判断を覆し、2003年改正CSA規則は有効であるとの判決を下しました。つまりSBC費用を国外関連者に分担させるべきとする2003年の規則改正は合理的な改正であり、IRSは米国行政手続法に反しているといえないとしたのです。これは敗訴が相次いだIRSにとって久々の移転価格裁判勝訴の報道であり、CSAを行っている多くの米国企業に大きな影響を及ぼします。現にFacebook 、Appleなど名だたる米国IT企業は、同判決を受けてSBC費用を国外子会社と分担する事、又それによる税務コスト上昇の見通しを発表しました。
ところが、その後思わぬ展開が待っていました。判決を出した3人の裁判官の内1人が今年3月に既に亡くなっていた事が明らかになりました。口頭弁論はその時点で終わっていたのでその裁判官が租税裁判所の判断を覆す判決に賛成していた事は確かのようですが、それにしても判決文完成前に死亡していたにもかかわらず多数決(死亡した裁判官を含め2対1)の判決を出した事に原告のAltera側を含め批判が起こりました。それを受けてか、8月2日で後任の裁判官Susan Graber氏が着任、そして8月7日、控訴裁判所は、再構成された判事団が本件協議に要する時間を確保する為との理由により、7月24日付判決を撤回しました。撤回の背景としては、1人欠けていた状態で判決を出した事を不備として突かれると後日原告が更に上告した場合の係争時に問題になる可能性が高いとの配慮のようです。Graber氏が租税裁判所の判断を覆した本判決に賛成か否かは現状不明ですが、本件の再審理が10月16日から始まると発表されました。Altera及び多くの他の米国企業にとっては取り敢えず朗報ですが、今後の展開はどちらに転ぶか全く予断を許さなくなりました。それにしても、過去のXilinx事案、今回のAltera事案共に、世界に誇る米国の三権分立システムの一翼を担う司法の当局である控訴審のお粗末な対応には驚くばかりです。

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