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コカコーラへの巨額の移転価格課税(2)

米国公認会計士 三村琢磨(コスモス国際マネジメント)

 米国に本社を置く世界的清涼飲料メーカーThe Coca-Cola Company(以下“コカコーラ社”)に対し、米国の内国歳入庁(IRS)が行った世界最大級の移転価格課税については、コカコーラ社が2015年12月に同課税の取消しを求めて米国租税裁判所に提訴してから2年以上経過していますが、最近ようやくTrial(公開審理手続)が行われました。Trialでの両者の主張を含め、提訴後の経緯を中心に紹介します。
1. 課税の概要(詳細は2016年3月号を参照)
 コカコーラ社の原液製造拠点(以下“ライセンシー”)である欧州(アイルランド)、アフリカ、中南米の計7拠点は、ライセンサーである米国本社からライセンスを受けて原液を製造・販売するに当たり、そのために使用した本社の無形資産である原液の製法やCoca-Colaの商標の対価であるライセンス料を本社に支払っていました。それに対しIRSは2007~2009年度を対象とする税務調査において移転価格分析を行った結果、各ライセンシーの利益率はIRSが選定した比較対象企業に比べて高すぎる(=ライセンシーが米国本社に支払うロイヤルティが少なすぎる)として、更正所得額94億US$(約1兆円)、追徴税額33億US$(約3,600億円)という巨額の移転価格課税を2015年9月に行いました。

2. コカコーラ社の提訴からTrialまで
 コカコーラ社は同年12月米国租税裁判所に提訴しました。同社の訴状によれば、IRSは1996年にClosing Agreementを同社と締結、2006年度までの約10年間はライセンシーが同Agreementに沿って相応のリスクに見合った利益を計上する事を許容していましたが、2007年以降急に態度を変えてClosing Agreementから離反した方法で課税しました。その際、IRSはCPM (Comparable Profits Method)を適用し、ライセンシーの比較対象企業としてボトラーを選定しました。しかし、コカコーラ・グループの原液製造拠点であるライセンシーと、その原液を希釈して容器に詰めて販売するボトラーは明らかにサプライチェーンの段階が異なる為、比較対象として不適切と主張しました。
 提訴後、コカコーラ社とIRSの事実認識の違いや派生的な問題に係る争いが行われました。例えば、移転価格課税の対象となった7ライセンシーの一つであるメキシコ拠点の外国税額控除(255百万US$)がIRSに否認されていた件についてはコカコーラ社が昨年勝訴しました。また、IRSはClosing Agreementについては本裁判に関係ない事実である事を認めるよう租税裁判所に請求していましたが、これも却下されました。その後Trialが今年3月から4月にかけてようやく行われました。

3. Trialにおける両者の主張(主に2点)
(1)比較対象
 先述の通りIRSは、各ライセンシーの比較対象企業としてボトラーを選択しています。その理由としては、ライセンシーは原液の製造拠点であるが、ボトラーの容器に詰めて出荷するまでの工程は実質製造機能といえ、機能面から比較可能である、また同じ飲料業界に属しているという意味でも比較可能であるとしています。
 一方コカコーラ社は、ライセンシー(原液製造及びマーケティング)とボトラー(容器詰め及び販売)では機能リスクが明らかに異なる中ボトラーをライセンシーの比較対象とするのは誤りであると主張すると共に、マクドナルド、ドミノピザなど他社のフランチャイズ契約におけるロイヤルティ料率が同社とライセンシーの間のライセンス契約におけるロイヤルティ料率と比較可能であると主張しました。
(2)マーケティング費用と無形資産
 コカコーラ社は、飲料業界は競争が非常に激しく消費者の嗜好も変化が早い中、生き残る為には多大なマーケティング活動及び費用が必要であり、それは各地域の特性に配慮して行う必要から各ライセンシーが負担しているとしています。つまり各ライセンシーはそのようなマーケティング活動及び費用負担(売上の約20%)により価値のある無形資産を有しており、米国本社(原液製造ノウハウと商標)と価値ある無形資産を共有している為、事業により得た残余利益を共有する資格があるとの主張です。
 それに対しIRSは、コカコーラ社のように既に世界的な名声を得て成熟したブランドにおけるマーケティング活動は、ブランド力を維持する事が主目的であり事業全体の中では補助的な役割に過ぎないとして、ライセンシーのマーケティング活動が価値ある無形資産を形成しているとはいえないと主張しました。よって、CPMによる分析(価値ある無形資産を有しない企業同士の利益率を比較)は適切であり、比較対象であるボトラーの総費用営業利益率(四分位範囲で8%~15%)までライセンシーの同利益率(100%以上)を下げなければならない(その為にはロイヤルティ料率を大きく引き上げなければならない)と主張しました。
(3)所見
 先日行われたTrialについては、あくまでも専門誌等からの情報に依存しており、自ら直接見聞きした訳ではありませんが、そのような情報収集の限りでは、やはりIRS側の主張にいくつか疑問があります。最大の疑問は、やはり2006年まで有効であったClosing AgreementからIRSが突然スタンスを変えたことに適切な理由があるのかということです。Agreementには勿論期限があり、それ以降は拘束されないとはいえ、経済環境や納税者の組織等に係る重大な変化がない以上、整合性の問題から税務当局が執行方針を大きく変えることは困難の筈ですが、このことについてIRSの主張は明らかではありません。むしろ、Closing Agreementを本裁判から切り離すよう申請していた(しかし租税裁判所により却下された)事を考えると、これは本裁判においてIRSにおける最大の弱みではないかと思われます。
 もう一つは、IRSはCPM分析でボトラーを比較対象企業として使用していながら、コカコーラ社の事業において価値を創造しているのは(ライセンシーではなく)米国本社とボトラーであると主張しています。しかしCPM分析では価値ある無形資産を構築する企業は比較対象として選択できませんので、IRSの主張には矛盾があると思われます。
 いずれにしても今後の展開及び租税裁判所の判断が注目されます。

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