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CbCレポートに関する“遅延”

米国公認会計士 三村琢磨(コスモス国際マネジメント)

 経済協力開発機構(OECD)の主導による、国際的な租税回避行為の防止を主目的としたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトにおける行動13最終報告書「移転価格文書化」に基づき、マスターファイル、ローカルファイルと共に三層構造文書化の一部として、CbCレポート(Country-by-Country Report、以下“CbCR”)の規則が既に主要国で制定されています。CbCR(日本語では“国別報告書”)は、連結売上高が年750百万ユーロ(約1,000億円)以上の多国籍企業グループが、世界中の関連会社が所在する国別に収入、利益、納税額などの情報を表にまとめて本社所在国の税務当局に提出、その国から関連会社が所在する各国の税務当局に自動的に送付されるという仕組みです。これにより、関係各国が当該多国籍企業の利益や納税額等に係る世界的配分の概況を把握する事が出来るというものです。
 OECDの推奨に従い、多くの国では2016年12月期を報告初年度とし、期末終了後1年以内である今年末(2017年12月末)までに初回CbCRの提出を義務付けています。しかし、一部の国では既に遅れが生じており、また米国でも遅れが生じる見込みが高まっています。遅れの原因はそれぞれ異なりますが、以下概要を紹介します。

1.米国
 最も重要な主要国である米国は、最終的に2016年6月30日以降に開始の年度から適用となった為、12月期決算企業は2017年度が適用初年度となり、IRSへの提出期限はOECDの推奨より1年遅れ2018年12月末となりました。但し相手国がOECDの推奨通り1年早くCbCRを適用している場合、IRSは米国企業が1年早く、つまり2016年12月期に関し今年末までの自主的な提出を認めると思われます。
 ところで、企業による提出後、IRSが関係各国にCbCRを自動送付する為には、各国の権限ある当局間におけるCbCR情報交換に関する合意が必要です。合意の方法としては、(1)多国間協定、(2)二国間租税条約、(3)二国間の租税情報交換協定のいずれかの枠組みの中で行える事となっていますが、主要国の多くは(1)の多国間協定に調印しており、それにより二国間交渉にかかる手間と時間を節約し、より多くの国と迅速に合意する事が出来ます。しかし、米国はこの多国間協定に調印しておらず、各国と個別に租税条約又は情報交換協定の改定作業を行っています。米国としては、自国企業の情報に関する守秘義務を遵守できないおそれのある国との合意には慎重な立場をとっており、それが多国間協定に調印していない理由のようです。しかし、各国との合意交渉は予想以上に進んでいないようです。IRSのウェブサイトによれば、11月14日現在、30か国と調印済、12か国と交渉中ですが、交渉中の12か国の中にはドイツ、フランス、インドなど米国系企業が多く所在する主要国が含まれています。また、日本や中国は未だ交渉中リストにも入っていません。日本の場合、適用開始は2016年4月以降事業開始年度(3月期決算企業を想定)からですので、初回の提出期限は2018年3月末日となり、12月決算の企業は提出期限が1年遅れの2018年12月末になることから、未だ時間的猶予はあるとの判断でしょうか。しかし中国はOECDの推奨通り2016年度から適用を開始しています。従って、IRSから中国へのCbCRの自動的送付ができないと、中国の税務当局から米国系企業の中国法人に直接CbCR提出要請が来る可能性があり、米国系企業の事務負担が増すことになります。

2.オーストラリアとアイルランド
 オーストラリアの税務当局は11月23日付で、2016年12月期を対象とする初年度CbCRの提出期限を今年末から来年(2018年)2月15日に延長すると発表しました。またアイルランドの税務当局も11月24日付で、同じくCbCR提出期限を来年2月末日に延長すると発表しました。アイルランドは延長の理由として、CbCRの電子ファイリング・システムの問題であるとしています。具体的には、CbCRを企業が税務当局に提出する際は、XML、CSVなどの形式でCbCRファイルを作成し、各国税務当局の電子申告システム上で提出する必要があります。アイルランドの場合EU加盟国であることから、EUが作成する標準CbCRモジュールをベースにシステムを構築する必要があるようですが、そのEU標準モジュールの到着が12月中旬にズレ込む見込みである事が遅れの原因のようです。しかしEUからの標準モジュール到着遅れが提出期限延長の原因だとすると、他のEU加盟国でも同様の問題から提出期限が延長される可能性があるようにも思われます。
 一方オーストラリアは延長の理由を明らかにしていませんが、同国は多国間協定に調印しており、各国との間での情報交換合意のプロセスにおける遅延の問題は米国ほど大きくないと思われることから、アイルランドと同様のシステム構築の遅れが生じているのかもしれません。

所見

 CbCRは世界各国の税制の違いを超えて、各国が共通の報告様式で企業から提出を受け、各国間で情報を自動交換するという画期的な取り組みですが、それだけに一部の国での遅れが連鎖的に相手国や対象企業に波及するリスクがあります。特に、多国間協定に調印しないなど、大国である米国の反協調的な姿勢がCbCR導入プロセスにネガティブな影響を与えることは間違いなく、今後も注視が必要と思われます。

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