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Eaton社が租税裁判所で勝訴

米国公認会計士 三村琢磨(コスモス国際マネジメント)

 IRSが油圧機器等の部品メーカーであるEaton Corporation(以下“Eaton社”)とのAPAを取消した上、同社に対し移転価格課税を行った一連の行為の無効を求めて同社が提訴した裁判は5年半近くの長期間を経て、最終的にEaton社が勝訴しました。IRSは移転価格課税の裁判で、2017年3月のAmazon.com事案判決に続き、またも租税裁判所で敗訴しました。

1.これまでの経緯

 IRSは、Eaton社との間で2001~2005年度(第1回)、及び2006~2010年度(第2回)の計2回にわたり、主に同社のプエルトリコ製造子会社との関連者間取引価格に関してUnilateralの事前確認(Advance Pricing Agreement、以下“APA”)を締結していました。ところがIRSはこれら過去2回のAPAを、期間満了後過去に遡及して取消し、且つ2005-2006年度に関し、異なる移転価格算定方法に基づき追徴税額及びペナルティ合計で$127百万(約140億円)の支払を同社に命じる移転価格課税を行いました。Eaton社はそれら処分の無効を求め、2012年2月に租税裁判所に提訴しました。
 本訴訟に関しEaton社は、法的拘束力のある契約であるAPAを取消す為には、IRSは同社が契約条件に違反した事を示す挙証責任を負うべきとする部分略式請求を行いました。それに対しIRSは、Eaton社が幾つかの過失を冒しAPAの契約条件を誠実に遵守しなかったのが取消しの原因であり、逆に取消しが不当であることを示す挙証責任を同社が負うべきであるとの交差請求を行いましたが、これが2013年6月に租税裁判所に認められました。その後Eaton社は少し論点を変え、本取消しはAPA規則上の根拠がなく、裁量権の乱用であると主張していました。

2.本判決の内容

米国租税裁判所のKathleen Kerrigan判事は2017年7月26日付で、締結した2件のAPAを取消したIRSの決定は裁量権の乱用であり認められないとし、Eaton社の主張を認めました。租税裁判所の判決の根拠は、主に以下の2点です:
(1) IRSはAPAを見直す機会を怠った
 IRSは一回のみならず、一度の更新により二回(計10年間)もAPAをEaton社と締結しました。つまり第1回APA終了時に更新しないという選択、及び第2回APA交渉時に移転価格算定方法を第1回APAで合意された方法から見直す選択という二度の選択肢があったにもかかわらず、それらの選択権を行使せず、その後一方的にAPAを遡及して取消した責任はIRS側にあると租税裁判所は判断しました。
(2) Eaton社に重大な過失はなかった
 租税裁判所はまた、IRSが指摘するEaton社が冒した誤りは、何れも重要性に乏しい過失であり、米国APA規則上“重大”と定義されるものではないとしました。よってIRSはそのような重大でない誤りをAPA取消しや算定方法切替えの根拠として使用できないとしました。
 以上を勘案して租税裁判所は、APAは米国歳入規則上定められた拘束力のある合意で、取消しは同規則に従ってのみ可能であり、異なる移転価格算定方法に切り替えたいとの願望により取消せるものではないとし、IRSの本件取消しは恣意的かつ不合理と決定しました。
3.本判決の背景/所見
 上述の通り、付随する請求においてEaton社が(APA取消しが不当であることを示す)挙証責任を負うべきとされたにもかかわらず、本判決では同社の主張が実質的に認められました。実は、IRSの交差請求を認めた当時の担当判事が刑法上の脱税容疑で起訴されるという事件があり、その後租税裁判所が判決を再考したと思われます。租税裁判所の判事が脱税容疑とは驚きですが、Eaton社にとっては幸運な事件であったともいえます。
 本判決に対しIRSが提訴するか否かが注目されますが、同じ関連者間取引に関する本件対象年度以降の2007~2010年度についてもIRSはEaton社に対し約10億ドル(1,100億円)の更正課税処分を行い、同社が提訴しています。この2番目の事案についても本判決が同社に有利に影響する可能性が出てきました。
 そもそも、期間満了したAPAを過去に遡及して取消すという行為自体が極めて異例であり、APA自体の信頼性を大きく失わせる行為でした。また本件の場合、IRSの税務調査チームに過去Eaton社を解雇された元同社の移転価格部門長と、同社の採用試験に落ちたエンジニアが加わっているなどIRS側に利害相反行為の疑いがありました。法的判断を別にしても、目的の為には手段を選ばない非倫理的な行為であれば、国民の公益の為に働く公務員である筈の税務当局がそのような行為を行う事が、洋の内外を問わず認められない事は言うまでもありません。

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