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OECDが無形資産関連の実施ガイダンス草案を公表

米国公認会計士 三村琢磨(コスモス国際マネジメント)

 経済協力開発機構(“OECD”)は2017年5月23日付で、「BEPS (課税ベース侵食と利益の移転)Action 8: Implementation Guidance on Hard-to-Value Intangibles(BEPS行動8:評価の困難な無形資産に関する実施ガイダンス)」の公開草案(ディスカッション・ドラフト)を公表しました。
 既に2015年10月に発表されたBEPS対策プロジェクトの行動計画8-10最終報告書「移転価格結果と価値創造の適合」及びそれに含まれる改正OECD移転価格ガイドライン(以下“改正TPG”)の主旨は、“利益は、それを生み出す実際の経済活動が行われている場所と価値が創出されているところで課税されるべきである”というものです。OECD加盟国及びG20諸国は、改正TPGに基づき自国の移転価格規則を改正することが求められている中、本ガイダンスは税務当局のための執行実務指針提供を目的としています。以下その概略を紹介します。

1. 序章(一部改正TPGと内容の重複あり)
・評価の困難な無形資産(Hard-to-Value Intangibles、以下“HTVI”)の定義(改正TPGの6.189):関連者間での取引時点における次の無形資産を対象とします。(1)信頼できる比較対象取引が存在せず、且つ(2)取引開始時点において、譲渡された無形資産から生じる将来のキャッシュフロー又は収益についての予測、又は無形資産評価の前提が非常に不確実の為、譲渡時点で当該無形資産の最終的な成功の水準に係る予測が難しいもの。
・事後的結果を使用した更正:HTVIについて特に顕著な情報非対称性(納税者に比べ当局が入手出来る情報が少ない)対策として、税務当局が事後的な取引結果を事前の価格設定の妥当性についての推定証拠とみなす権利があるとします。
・免除規定:納税者が事前予測の適切性等に関する合理的資料を提出した場合、APA対象取引の場合、乖離幅が20%以内の場合等に該当すれば、事後的成果を用いた課税は行われません。
・確率の考慮:但し、HTVI関連取引に参入する時点で確率の非常に低い結果が事後的結果として生じた等の場合、それを推定的証拠として課税を行う事は問題であるとしています。
・調査のタイミング:HTVIの場合、取引直後ではリスク評価が難しい事も多いものの、税務当局は可能な限り早期に税務調査を行うべきとしています。
・調査時効期間が短い為HTVIに対し十分アプローチできない問題:時効期間変更(長期化)を各国が検討することは可能としています。
・支払方法の変更:例えば一括払いをロイヤルティ定期払に変更する等の更正も可能としています。

2. 事例
・共通前提:A国の居住者であるA社は医薬品の特許を取得。A社は臨床試験の第1、第2フェーズを成功後、S国の居住者であるS社に特許権を700で移転(0年度)、S社はフェーズ3を担当。特許権価格700は、特許の残存期間にわたる期待収益又はキャッシュフローの現在価値による見積もり。前提条件として、売上が年間1,000を超えることはなく、商業化は6年度から実現する。
・例1-シナリオA:A国税務当局は4年度にA社の0~2年度を調査し、フェーズ3が計画よりも早く完了し実際には3年度から商業化が開始されたという情報を得る。3年度及び4年度の売上は、譲渡時に予測されていた6年度及び7年度に達成予定だった売上に該当。税務当局はこれら事後的な結果を推定証拠として使用し、0年度の医薬品特許権の正味現在価値を700から1,000(+300)に更正する。
・例1-シナリオB:シナリオAとほぼ同じも、税務当局の事後的成果を用いた更正額は+100(700→800)であり、更正前との乖離幅が20%以下の為、HTVIアプローチによる更正は行われない。
・例2:事実は例1と同じも、7年目にA国税務当局がA社の会計年度を3-5年度にわたり調査し、その特許が関連する製品の5、6年度の売上が予測(1,000以下)を大幅に上回り1,500であった事を把握。税務当局はこれら事後的結果を推定証拠とし、0年度における特許権の正味現在価値を700→1300(+600)に更正する。

所見
 当初の予測と実際の成果が異なった場合に実際の事後的成果を用いる方法は、米国で既に定められている所得相応性基準に則していると言えます。日本でも既に税務調査において所得相応性基準の考え方に基づくような更正が行われることもありますが、改正TPG及び本ガイダンスを受けて所得相応性基準が正式に制度化される可能性が高まっており、無形資産取引に対する事後的成果に基づく更正が、今後は日本でもより多く行われる可能性があると考えられます。
 しかし本ガイダンスでは、当初予測より実際の成果が良くなった場合の事例しかありませんが、悪くなった場合に下方更正を行う事は想定していない様に思われます。良くなった場合、要するにとれる場合だけ税金を追徴して、悪くなった場合は税金を返さないという、税務当局に一方的に有利な取り決めであってはならないと思います。当初の予測が税逃れの為の恣意的なものでない限り、容易に事後的成果を用いて課税を行うのは問題が多いと個人的には考えます。なお本ガイダンスは2017年6月30日までパブリックコメントを募集しています(コメントは全て公開されます)。

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