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EUと加盟国・企業との対立

2016年6月23日の国民投票で英国がEU離脱を選択しましたが、英国政府は今年2017年3月までに離脱をEUに正式に通告した上で交渉を開始するようです。国民投票後英ポンドは急落し、離脱による欧州内貿易の縮小や企業の撤退など英国への悪影響を懸念する報道で溢れています。

しかし、英国離脱で最も影響を受けるのは他ならぬEUでしょう。英国が抜けるという大きな損失のみならず、加盟各国で同様に離脱を主張する政治的勢力が伸長してきており、縮小・崩壊のリスクが高まっています。そもそも、EU加盟国の経済が軒並み停滞しているという背景があり、英国民の離脱選択及びそれによる影響は、そのような経済的停滞への不信が表面化したものにすぎないともいえます。また、EU自体が組織的に官僚化、強権化している兆候が見られます。今の日本もそうですが、行政組織が国民の為というより自分たちの予算を増やし権力を強めるために仕事をしているようにみえるのです。しかもEUのように超国家的組織として一部の分野では加盟国から主権の委譲を受けている機関が、加盟各国の利益に相反する動きをとるとなると、加盟国政府とEUとのあつれきが生じるのも当然の帰結でしょう。

1.アイルランド(アップル社)のケース

典型的な対立ケースの一つが米国Apple Inc.(“アップル社”)に関するアイルランド対EUです。 既に本月報の2016年10月号で詳述の通り、EUの行政機関である欧州委員会が2016年8月30日、アイルランド政府に対し、アップル社より最大130億ユーロ(約1兆5千億円)+延滞利息という超巨額の追徴税額を徴収するよう命じました。欧州委員会は、アップル社がアイルランド税務当局と締結した巨額な節税の合意は、EUにおける特定の企業への選択的(selective)な国家補助付与を制限する規定に抵触するため違法であるとしました。欧州委員会の命令に対しアイルランド政府は「(アップル社との合意には)違法性はない」と同命令を不服として11月9日付でEU第1審裁判所に提訴しました。アイルランド政府に続いてアップル社も12月19日、同様の提訴を行う旨決定した事を発表しました。

欧州委員会のコメントをみると、アップル社のアイルランド法人が非常にアグレッシブな節税を行っていたように思えますが、裁判は長期化すると予想されています。主なポイントとしては、国と正式に締結した税務上の合意が違法となるのか、また欧州委員会は独立企業間原則に基づく移転価格分析は行っていない為、移転価格の側面から詳細に本件を検討し直した結果アップル社がどれだけ自らの正当性を主張できるか、などでしょう。

2.マクドナルド社のケース

ご存知世界最大のハンバーガーチェーンである米国McDonald’s Corp(“マクドナルド社”)は、海外事業に係る統括拠点(=納税地)をルクセンブルグから英国に移すことを12月8日に発表しました。具体的には、新たに英国に持株会社を設立し、同社が米国外事業の知的財産権の殆どを所有しそれら財産権の使用料としてロイヤルティ収入を海外拠点から計上、今後は英国で納税します。

マクドナルド社は移転の理由として、国際事業を行うにあたり言語(英語)や他の市場へのアクセスなどにおける英国及びロンドンの優位性をあげており、それらメリットは英国のEU離脱によって何ら変わるものではないと述べています。しかし、このマクドナルド社の決定は、アップル社と同様に欧州委員会が同社に対して行っている税務調査と関係していると考えられます。欧州委員会は、マクドナルド社のルクセンブルグ拠点が多額の利益を計上しているにもかかわらず2009年以降同国で税金を払っていないと指摘、2009~2013年の5年間で10億ユーロ(約1,200億円)の税金を逃れていたと消費者団体等からも批判されています。ちなみにルクセンブルグの法人税率は通常21%のようですが、ロイヤルティ所得に関しては80%が益金不算入の為実質税率は約4%のようです。マクドナルド社はそれに飽き足らず、ほぼ無税になるような税務上の合意をルクセンブルグ当局と締結していたとみられ、当局の意向に反して税逃れを行った訳ではないようです。しかも同社によると2011年からの5年間でEU域内において計25億ユーロ(約3,000億円)以上の法人税を支払い、平均実効税率は27%に達しているとし、EU全体では相応の税金を納めている事を主張しています。それにもかかわらず欧州委員会から租税回避の疑いをかけられている事におそらく同社は憤慨し、英国がEUから離脱する(予定である)のを幸いに、統括拠点を英国移転によりEU外に移動させるという報復措置をとったものと推測されます。英国でルクセンブルグのような無税のルーリングを税務当局と合意するのは困難と思われますが、英国の法人税率は年々低下しており、今年4月以降は19%、2020年以降は18%へと更に引き下げの予定で、EU域内における同社の平均実効税率27%より低い事から、税務コスト上もそれ程のデメリットはないという読みもあることでしょう。

今後はマクドナルド社のように、官僚的組織化の進行を指摘されるEUを脱出して非EUの英国に納税地を移転する動きが出てくる可能性は十分にあります。離脱により企業の英国離れが進むよりも、かえって英国の魅力が増して企業を吸い寄せる結果になれば、EU離脱の動きも各国で益々活発化するかもしれません。

米国公認会計士 三村琢磨(2017年1月)

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