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EUのアップルに対する巨額の追徴課税命令

2016年8月30日、欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会が、世界最大の時価総額を有する米国アップル社に対し、最大130億ユ-ロ(約1兆5,000億円)+延滞利息の追徴税額をアイルランド政府に支払うよう命じました。これは、米国IRSが英国製薬会社GlaxoSmithKlineの米国子会社に命じたと言われる追徴総額最大150億USドル(最終的には2006年に34億USドルで和解)に匹敵する、史上最大級の追徴税額です。アップル社の連結バランスシートを見ると、手元資金額(現預金及び市場性有価証券)が2,315億USドル(約23兆円)あり(2016年6月)、今回の欧州委員会による追徴税額は延滞利息を含めても手元資金額の10%未満かと思われます。しかしiPhoneの受注急減により業績が下降している同社にとっては、もし本当に払う事になれば相当なダメージでしょう。
欧州委員会のプレスリリースによると、アップルはアイルランドにApple Sales International(ASI)とApple Operations Europe(AOE)という2つの100%子会社を有しており、ASIはアップル製品の欧州全域及びアフリカ等での販売、AOEはコンピュータ製品の製造に従事しています。ASI、AOEの両社はアップル本社とコストシェアリング契約を締結、研究開発費用を分担する代わり、それら研究開発の成果として相当な利益を得ています。
欧州委員会が問題視しているのは、ASIとAOEの両社がアイルランド税務当局と締結した2件(1991年、及び2007年に更新)の事前確認(APA)です。両社とも実際の事業はアイルランドで行っているにもかかわらず、登記上の本社をアイルランド国外、支店をアイルランドとし、稼いだ所得の大半を国外本社に、一部をアイルランド支店に分割する事について税務当局と合意しました。しかし本店は実体が無く、しかも場所が不特定で税金を払う場所がない為、本店に配分された利益については法人税を払っていませんでした。よって、アイルランドの法人税率が12.5%であるにもかかわらず、ASIの実効税率は2003年に1%、2014年には0.005%まで下落していました。欧州委員会は、このようなAPAはEUにおける特定の企業への選択的(selective)な国家補助付与の制限規定に抵触するため違法であり、それらAPAが無かったもの、つまり実体のない国外本店への利益配分は認めないとしてアイルランド政府が両社に追徴課税を行うべきと判断したのです。更正対象期間は2003年~2014年、130億ユ-ロのうち80億ユ-ロはASIへの、50億ユ-ロはAOEへの追徴となります。“最大”130億ユ-ロの意味は、欧州委員会はアップルのグループ間取引価格まで更正する裁量を持たないものの、もし他のEU諸国が、自国のアップル拠点がアイルランドの両拠点に比べ殆ど利益を計上していないことを不服とした移転価格更正課税を行った場合には、アイルランドでとれる税額はその分減るという事です。このEU決定に対しアイルランド政府は反対を表明、本件の最終結論はEUの司法手続きに持ち越される見込みです。

米国財務省がEUを批判

アップル以外にもスターバックス(オランダ)が既に最大30百万ユ-ロの更正命令を受け(提訴中)、アマゾン、マクドナルド(共にルクセンブルグ)も調査中など、米国企業に対するEUの国家補助規制違反絡みの税務調査が立続けに行われる中、米国財務省は8月24日付で「欧州委員会による移転価格ルーリングに関する最近の国家補助調査について」と題した白書(財務省白書)を公開し、主に以下3点により欧州委員会を批判しました。

(1) 欧州委員会による、米企業が各国家と合意した税務ルーリングが“選択的に付与されたもの”であるとの見解は、過去の欧州司法裁判所の判例からみて誤りである。

(2) 仮に国家補助規制違反との判断に基づき更正課税が行われるとしても、米企業が各国当局と締結したAPAはそれ自体合法なものであり、本件調査開始前に遡及して更正課税が行われるべきではない。

(3) 欧州委員会の調査で用いられる手法は、国家補助規制に則した“平等的待遇”を優先し、OECD移転価格ガイドラインを通じて国際的に認められた算定方法から乖離している。つまり、米国とEU加盟国も含め主要国が協同で推進するBEPSプロジェクトにも反している。
財務省白書はまた、欧州委員会の米国企業に対する一連の国家補助規制違反調査は、米国からEUへの所得移転をもたらし、外国税額控除により米国は税収減という悪影響を被る、更にこれら調査は米国企業を主な標的としているように思われるとの懸念を述べています。しかし本白書発表から約1週間後に今回のアップルに対する命令が下ってしまい、米国側は怒り心頭のようです。

争点及び今後の見通し

欧州委員会は、国家補助規制は全てのEU域内で活動する企業を対象としており、米国企業を標的としたものではないと表明しています。しかし、アップルとアイルランド税務当局の事前合意は1990年代から行われていたにもかかわらず、アップルが巨額な利益を生み出すようになってから後付けでこのような遡及的追徴課税を、しかも当事国のアイルランドの反対にもかかわらず行うEUの強権的姿勢の意図を疑問視する見方もあります。但し米国自身も、自国企業に対し厳しい税務執行を行っており(例:TOPIC 14-18)、結局はこれら企業が稼ぐ巨額な利益の欧米間での取り合いという図式にも見えます。しかも今回の欧州委員会の発表で、アップルがアイルランドで行っていた“国外本店への利益配分”という非常にアグレッシブなスキームが暴露されてしまいました。いくらアップルがアイルランドで約6,000人を雇用し同国経済に長年貢献してきたからといって、そのような巨大企業のみがこうした極端な税優遇を認められていいのかという問題もあるでしょう。
いずれにせよ、このような欧米間の税務に関する争いの今後の進行次第では、情報交換など世界的な協力体制が必要とされるBEPSプロジェクトの進行に悪影響を及ぼす可能性が心配されます。

米国公認会計士 三村琢磨(2016年9月)

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