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BEPSプロジェクトから乖離するEUのCbCレポート草案

経済協力開発機構(OECD)とG20諸国が共同で進めたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と所得の移転の意)プロジェクトの中の行動13において「国別報告書」 (Country-by-Country Report、以下“CbCレポート”)の提出義務が明記され、現在主要各国にて法制化が進んでいます。以前に本記事(TOPIC 15-04TOPIC 16-01等参照)でも紹介した通り、CbCレポートとは、多国籍企業グループにおけるグループ各社の売上高(関連者向け/非関連者向け内訳を含む)、税前損益、支払税額(税務上及び会計上)、法定資本金、利益剰余金、従業員数、有形資産額(現預金等を除く)、及び事業内容(該当欄にチェックを入れる)を、各グループ会社が所在する国別に一覧表にまとめた様式の報告書です。それら数値に関する国別の配分状況を各国税務当局が把握できるようになりますので、例えば売上、従業員数や有形資産額等に比べて損益が不相応に少なく配分されているなど税務調査に入るきっかけを各国当局が見つけやすくなるものと思われます。
但し過大なコンプライアンス負担を避けるため、BEPSプロジェクトでは対象企業を連結売上750百万ユーロ(1ユーロ=124円換算で930億円)超の企業グループに限定しています。また提出方法については、本社が所在国の税務当局にCbCレポートを提出(例:トヨタ自動車→日本、スターバックス→米国)し、提出を受けた国の税務当局が(租税条約、情報交換規定を締結している)関係各国に自動的に送付する形で行われることを原則とし、且つ情報漏えいが無い様に各国が守秘義務を遵守することとしています。
日本(2016年4月1日以降開始事業年度より適用)や欧州各国の多くでは既にBEPSプロジェクトに沿って税制改正が行われ、米国や中国でも改正規則案が最終化待ちです。そのような中、欧州各国とは別に動いているEUの行政機関である欧州委員会が、BEPSプロジェクトに沿わないCbCレポート草案(以下“EU案”)を最近発表し波紋を呼んでいます。

EU案の特徴

EU案によると、連結売上750百万ユーロ超の企業グループは、EUに本社がある企業のみならず、EUに中・大規模の子会社や支店等がある企業も含め、前述した下線の開示項目から法定資本金と有形資産額を除いた情報を毎年EU及び各加盟国に提出し、且つ自社ウェブサイト上で公表しなければなりません(子会社の場合は、親会社又は当該EU子会社のどちらかのウェブサイト)。EU加盟国及びタックスヘイブン国の拠点の情報は国別に表示の必要があり、その他は非EU諸国合計として一括して表示します。
つまり、日本や米国に本社のある連結売上750百万ユーロ超の企業も、EU加盟国に中・大規模の子会社、支店等があれば、ウェブサイトでグループ全体の情報公開が必要になります。中・大規模といっても、定義としては売上高8百万ユーロ(約10億円)超、総資産4百万ユーロ(約5億円)超程度であり、多国籍企業の子会社の多くがこれに該当するでしょう。これに該当するだけでグループ全体の損益・税務情報をウェブサイトで開示しなければならないというのは、BEPSプロジェクトから乖離し、同プロジェクトで規定された守秘義務とは完全に反する内容であり、該当する企業にとっては、正に寝耳に水の話でしょう。日本の企業は、欧米企業に比べ総じて大規模な節税は行っていないにもかかわらず、欧州に拠点を置くだけでこれだけ急な情報開示を強いられるのは理不尽ですし、今まで税務当局にしか開示していない情報をいきなりウェブサイトで公開するとなると、税務リスク、機密漏えいリスクなど大きな懸念が生じます。日本経団連は4月19日付「BEPSプロジェクトを踏まえた今後の国際課税に関する提言」の中で、「日本の経済界は、欧州委員会による国別報告事項の一般公開に関する提案を懸念する。」とEUに対し正式に抗議しました。
本EU案は今後欧州議会に提出され可決が諮られますが、実は欧州議会は更に強硬な開示を求めており、連結売上基準の750百万ユーロは大きすぎて一部の企業しか対象にならないと基準額の引下げを主張しています。一方でドイツなど加盟各国は、本EU案のBEPSプロジェクトからの乖離と情報漏えいリスク、欧州への投資減少リスク等を懸念し、少なくとも実施を遅らせるべきと主張しています。
欧州議会の権限が年々強化されていると聞きますが、加盟各国の意に沿わない事をしているとしたら、欧州議会やEUの存在意義は何なのでしょうか?EUが抱える問題が、税の側面からも見える気がします。

 

米国公認会計士 三村琢磨(2016年5月)

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